近頃特におもしろいことがありません。特になにも考えずぼけぼけ過ごしていて、強いて言えば、毎朝会社に行くのが面倒なので今回の会社を最後に、会社勤めはもう辞めようと決めたので、次の事業計画なんかをたてて過ごしている。一方既存の仕事では結構おもしろそうな案件が飛び込んできたり、昇給なんかもあったりして、心と体のバランスに悩むしゃるです。だいたい私の人生というのは流れ的に最も乗っているときと、自分的に最もがんばらなきゃいけないときが一致しない。がんばって誰かにちょっと認められると、もういいやーってなっちゃって、次のことを考え始める。うーん飽きっぽい。

ちょっと切ないことがあったといえば、同居人且つ元恋人と、私がここに超してきたときに置き場所のなくなった亡き奥さんの遺品、洋服や鞄や手帳やそういったもろもろのもの、を押し込んだマンションの一室をようやく片付け始めたのだけど、あのときはどうしようもなくてただ衣装ケースに詰めてこの一室に押し込んだ遺品を、今は次々とゴミ袋に入れていったことかな。
あれから一年たって、彼の中での整理もついてきたんだろう。「片付けは一人でする?」と訊いたけれど、いやいい、と彼は言う。黙々と片付けていたけれど、彼がウェディングドレスをゴミ袋につっこんだときには、思わず「いいの?」と口を挟む。「しょうがないから」とちょっと笑ってベールやパニエを突っ込む姿は、さすがに涙を誘う。
まあね。どんなに愛し合っていても、死んでしまったらいずれ忘れられるのだ。死語2年も経たないうちに残された方は15歳も年下のじゃじゃ馬と、同じダブルベッドで眠るのだ。でもだからこそ、私はこの危険な世の中で、生きていく希望を抱くことができる。もし愛する人を失ってしまっても、私はいずれ忘れることができるだろうし、万が一私を愛してくれる人がいてなんらかの都合で私が死んでしまっても、その人はやはりまた誰か愛する人を見つけて生きていくことだろう。だから私は、安心して誰かを愛することができるし、愛されるような無責任な行動をとることができる。て私暗いっ。

そうだそうだ。今私はログハウスと屋上に夢中なんでした。
私の居候しているマンションは、マンション全体が元恋人の(ご両親の)持ち物なのだけど、そこには小さな庭があり、私はそこにログハウスを建てたいのです。元恋人とけんかしたときはそのログハウスに逃げ込むんだー。そして、片付けをしていたときに見つけたマンションの図面で、屋上が作れるように設計されていたことがわかった。ベランダに螺旋階段をつければ屋上ができるらしい。屋上がある家なんて素敵だ。夏は屋上でビールを飲んだりしてさ。ってことで、私はそれなりに盛り上がっているのですが、こういううきうき気分をいちいち相手に言っていると、なんだかふつうの人間は怒ってしまうので、私はぐっと堪えて一人でログハウスとか螺旋階段のカタログとかみて楽しんでいるのです。ログハウス屋上に置いたらどうなるんだろう?夏、地獄かな・・・。