真実

久しぶりにカティーサークをロックで飲みながら日記を書いています。
ウィスキーを飲むなんて、どのくらいぶりだろうか(あ、そういや先週飲んだや)。かつてはよくモルトウィスキーを飲んだものだけど、今はなかなかその体力がない。せいぜい、カティサークをロックにするぐらいで、それでも恋人とその子供が寝入った深夜(と言っても11時)のリビングで、ハンク・モブレーを聞きながら飲むそれは偉くやさぐれていて、なるほどこれは健康な女が一人で飲む酒ではないかもしれないと思う。つまり、誰も話す相手のいない夜にひっそりと夜の空気に漂いながら飲むものか、そうでなければ誰かとゆっくり語りながら飲むものだろう。扉を開けて、安らかな寝息のベッドに滑り込める状況にある女が飲むには、ちょっとちぐはぐだ。だけど、懐かしい。この鼻の奥にくるピート項香、それが徐々にこめかみにまでやってくる感覚。こういう倦怠感に満ちあふれた日曜日の夜は、安息日としてじゃれ合いもせず、一人でこうして飲んでいるのが、なによりも価値あるような気がする。酔いがだんだんと感覚をとぎすましていく。

今日は冷蔵庫を衝動買いした。SHARPの460リットルのもの。生まれて初めて買った冷蔵庫は(今までの一人暮らし時代のものはすべてお下がり)、愛情ホット庫なる「作りたてのおいしさをあったか保存」する冷蔵庫の役割とは相反するような最新の機能がついていて、容量的にも家族4人が消費する食料を十分預かってくれる大きさだ。居候宅にある冷蔵庫は彼の亡き妻の持参品で、もう十数年になる骨董品だった。夜中にぶるると震える冷蔵庫は、愛おしいけれど、目障りだった。プラレールの単三電池を買いに行ったBICカメラで、立ち寄った家電コーナーで、かつてまだ伴侶というものの姿形も見えぬ頃夢みたように、私は恋人と家電を選び、これは卵の収納位置がとか、ワインを横にして何本おけるかとか、これは色がコガネムシみたいでイヤだとか、あれやこれや言って、50代後半の痩せた気の良い店員の薦めにのって、購入を決めた。別によく考えなくてもわかる話だが、冷蔵庫を共に購入する男女はほぼ夫婦であろうという推測から私は店員に「奥さん」と呼ばれ、それは購入後配達先である恋人の名前と住所と、支払いである私の名前が違っていたのでちょっとトラブルになるかもしれないと、配達先の恋人の名前を私の名前に書き直してもまだ、「申し訳ありません、奥様」と言われるその不思議について、なんだかもどかしくおかしく感じていたのだけど、ちらりと恋人をみると彼はただ、待ち時間が長いことだけが不満であるようだった。

冷蔵庫は生産が追いつかず、2週間後に送られてくるらしい。

こういう、責任ある買い物をしてしまうこと。だってもう27歳なんだから、自分の人生は自分で責任をとろう。私は私の選択に、自信を持って生きていこう。例えわかって欲しい人に、私たちの関係がわかってもらえなくても。冷蔵庫は、その証のような気持ち。もう、判断を他人に任せるのはやめよう。
だけど、晩ご飯の準備をしながら恋人に、私の実家に行く日は予定通りでいいか、と訊ねると、曖昧な返事。それで、私は失望をしてしまう。なんでこんなに私ひとりががんばっているのだろう?ものすごく哀しくなって、湯船に浸かりながらひとり泣く。
ベッドに潜り込んで、恋人は私の不機嫌の理由を尋ねる。ためらったあと、私は言う。
私にとって一番大切なのは。
私の両親に賛成してもらうことなの。あなたはそれにもっと協力をして。私は両親に祝ってもらいたいの。日光や箱根や、北海道なんかの旅行なんかより、私の実家に行くことを優先して。


嫌な女だ。また、人任せだ。両親が祝福してくれないのを、恋人のせいにする。実際、私の心の中でもすり替わる。「あなたが、はっきりしないから」。
だけど、恋人には理解できないだろう。混乱しているだろう。いきなり、まだ結婚もしていない女が冷蔵庫までいきなり買ってしまったというのに、何を今更いうのだろう?

それでもやさしい恋人は、「わかった」と言う。我慢強い人だ。優しい人だ。
もう、たまらなくなって泣きじゃくる私に、「泣かないで、大丈夫だよ」と言う。私は、泣いている理由を、「両親に祝福してもらいたいのよ」なんて責めようのない陳腐な台詞で恋人を追いつめたというのに。
いったい、何がしたいんだろう?私は。
それでも、これだけ愛し合っていたと、何かラベルに書いて貼って欲しい。
それとも、心の一端を、正直に言ってみようか?「おそれているのは、あなたが私よりも亡き妻を愛しているかもしれないということ」。
そんな問いは、意味をなさないと、恋人は言うだろう。いや、意味をなさない、なんて言える人じゃない。困った顔をして、哀しそうにほほえんで、押し黙ったまま私を見つめるだけだろう。
でも、本当に比べられないなんてことがあるだろうか?沈黙して、頭の中で考えるだろう。まっさらだった幸せの時を。彼には、「そんなことを考えたこともない」なんて嘘すらつけない。私は、かつての男たちのような饒舌をもたない彼だからこそ、信じられるし、だけどその真実が、えらくハードだ。

そのうち彼は寝息を立て始める。嫌なことは、辛いことは寝て癒す、という彼だ。一方私は久しぶりにカティサークを飲んでいる。それでは、お休みなさいませ。そして一週間のはじまり。