前進

Chartreuse2006-05-14

本日のディナーは、豚肉のリヨン風、ラタトゥイユ、ヴィロンのバケットにノルマンディー産のカマンベール、アスパラガスとひよこ豆のサラダ、そしてサンタバーバラワイナリーのピノ・ノワール。豚肉のリヨン風は、簡単だけどとてもおいしい。ワインのつまみにぴったりです。豚のバラ肉のかたまりを角切りにしてきつめに塩・こしょうをして、厚手の鍋に150ccの白ワインを入れて、そこに豚肉を入れて火にかける。蒸発するまで30分ほど中火にかけるだけ。これがもう、本当においしくて、リエットやパテなんて面倒でいちいち作ってられないけどこれはおすすめ。ぜひお試しくださいませ。ラタトゥイユは私の好きなメニューのひとつ。以前デートした男の子が、ちょっと気の利いたワインバーで、「じゃあ僕はラタユトゥを」と注文したことが今でも忘れられないが、それはそれ、これはこれ。とにかく、おいしいものを作って食べるのは、この上ない幸せです。

来週は、映画監督のインタビューをする。何をインタビューしたらいいんだかさっぱりわからなくて、非常に困っています。映画雑誌ではないからあまりに専門的なことは聞けないし(私にもそんな知識はないし)、ああ、どうすべー。ということでとんぼみたいにふらふらと本屋に行き、ふと目についた小林秀雄対談集を買って読んでみた。いいなあ、私も男ならばよかった。そしたらインタビューとか行っても、「そりゃア、君、いけないよ。破裂なんざおこしちゃ、いけない」とか「厭だね。ニイチェでも気取っているつもりかい。変テコレンもいいとこさ」とか言えたのになあ。しかし私は戦後30年も経た78年生まれの27歳、女。「あー、やっぱそうなんですか」とか「うーん、なるほど。ニーチェに影響を受けられたのですね?」とか、テープ起こしをしていても気が遠くなるほど馬鹿っぽい相づちを打っている。うーーー。とはいえ27歳だ。さんまのスーパーからくりテレビを見ていて29歳はもう若くないのだということを知った。20歳の子が歳をとりたくない!と言っていた。幸い、私はあんまり年齢のことを気にせず生きていくことができる。いや、たとえば現実的な問題として、42歳の恋人との将来を考えると、来年あたりに結婚して、数年以内に子供を作らなきゃ厳しいよなーとは思うが、歳をとりたくないとかはあんまし思わない。そう、年齢のことはあんまし気にしないんだから、私だって「ほんとに君は才能の魔だね」とか言ってもいいはずだ。とかいう間違った方向に思考が進み始めて、いかんと思って顔をあげると留守電が点滅していて、それは恋人の子供の学級のお母さんからの連絡網だったのだけど、その声はやはり、「お母さん」の声であり、人の声というのは本当に不思議だ。たとえば私の声は20年後には「おばさん」の声になるのだろうけど、それならば20年ぶりに話す親友は、私の声を聞き分けられないだろうか?それとも人は頭の中で勝手に、修正していけるのだろうか。たとえば、顔にしわができ、白髪になって、頬が垂れていくというような眼で見てわかる老化は瞬時に頭の中で整理できるけど、声の老化も瞬時に頭の中で修正できるのだろうか。でも、彼女、声が年とってたね、とはあんまし言わない。不思議だ。不思議だ、と思いながら何気なく電話の前の壁に貼られている緊急連絡網に眼を向けると、そこには生徒の名前が印刷されている。
恋(れん)、宙(そら)、優鷹(ゆたか)、花音(かのん)、創(つくる)、美櫻樹(みさき)・・・。
正直、まともな名前がひとつもないよー、と思う。私の思うまともな名前とは、知子、孝、幸枝、俊夫、優子、大介などなのだが、まあこれはコンサバすぎるとしても、クラスメート全員こんな芸名みたいな調子だ。私はずっと名前フェチとして、些か風変わりな名前をもつ男とつきあってきたというちょっと勲章のようなものを感じていたのだけど、彼らはその名前を背負って燦然と輝くオーラをまとっていたのだ。名前が性格を表すというのは、一風変わった名前をつけるような両親に育てられたという結果、そうなったのかもしれないしそのへんの因果関係はよくわからないけれど、とにかく、名前が象徴するような鮮やかな人たちだった。だけどこの「風変わりな名前」が氾濫している昨今、もう「風変わりな名前」で判断することは不可能な時代であることを、遅ればせながら知った。今日ここに、「名前フェチ」の看板を下ろすことを宣言します。
それで私は恋人に、子どもが生まれて女の子なら絶対に「子」がつく名前にする、と言ったら恋人が「小梅は?」というのでそのアイディアが結構気に入って、早速友達にうきうきしながら「小梅ってかわいいと思わない?」と話したところ、「梅子よりはかわいいね」と言われ、ちょっとがっかり。それでも私たちカップルはちょっとずつ前進しており、まだ10代のころから私は婚約指輪はティファニーの「エルサ・ペレッティ」コレクションにすると心に決めていたのに、それが恋人の亡き妻とかぶった件で気まずくなっていたのですが(どうして世の中に何千何万と結婚指輪なんてあるのに、かぶるんだろうね)、恋人は「しゃるが気にしないならそれでいいよ」と言ってくれ、「じゃああなたの古いリングをきれいにクリーニングしてもらって、浮いたお金で私のをダイヤ入りにして」と言えるほどうち解けている(ちょっとマジ)。そう。ちょっとずつ前進しているのだと、思う。

小林秀雄対話集 (講談社文芸文庫)

小林秀雄対話集 (講談社文芸文庫)