海抜0メートルの夢

Chartreuse2006-01-22

無職生活です。無職になって、さあ!遊ぼうと思ったとたん、原因不明の関節痛と高熱におそわれ寝込んだ。二日酔いと生理痛以外で寝込んだのは非常に久しぶり。喉の痛みも咳も鼻水もなく、ただ体が痛くて動けず熱もだらだらと続き、丸二日間、ほぼ昏睡状態だったといえる。おそらく疲れがでたのだろう。いつもばたばたと動き回っていて、ちょっと落ち着きなさい、と恋人じゃなくてもそう、いいたくなる。
病み上がりの私の心はひどく不安定。病で動けずにいると、思考はネガティブな方向に進む(根暗だからさー)。それでようやく動けるようになっても今度は無気力と戦うことになる。体はまだ本調子じゃなくて、動きたいのに動けない。朝恋人を送り出して(なにもしてないけど)プレステとかしているうちに昼がきて、たいして疲れないからお昼も食べずだらだらと本を読んで(ただし頭が働かないから軽い小説をなんとなく読む程度で) 映画を何本か観る。「ミリオンダラーベイビー」「ハウルの動く城」「dot the i」。「ミリオンダラーベイビー」良かったです。もう後半逃げ出したくなったけど、なんとか見終えた。「ハウル」は木村拓哉の声優としての働きぶりにびっくり。確かに声は木村拓哉なんだけどきちんと「ハウル」だった(荒れ地の魔女は、どう見ても美輪明宏にしか見えなかった。良い意味で)。ちょっと見直した。かっこいい!木村拓哉かっこいい!あんまり、という前評判だったのでたいして期待せずに見たんですが、私はかなりおもしろかったです。絵がちょっと古っぽいのも海外で受けた所以かもねえ。「dot the i」は、惜しい!て感じの映画。二転三転というストーリーはちょっともの足らないけど、ガエル・ガルシア・ベルナルを観るための映画だからいいんですー。そんな映画も本も見ていないときはずっと泣いていて、とにかくもう辛くてしょうがない。でも何が?
出勤の準備をすすめる恋人にこのマンションを出て行く、と宣言したその日の午後、晴れて区役所でこの区の住民と認定され、保険証や免許証の住所が書き換えられる。「あなたと籍を入れる自信がない」と訴える直前に、パールとレースが上品に施されたすてきなウェディングドレスの試着申し込みをしていたりする。精神分裂症か?私は。

法律無料相談所というところに行った。以前の会社から起こされそうになった裁判についての質問と、もうひとつおまけで、入籍と養子縁組についての問題を訊きに。
質問用紙には、本日の相談内容を書いて受け付けに提出することになっている。二つの相談事の要旨を書いて、受付に提出する。三十代後半と思われる、べったりとした天然パーマに眼鏡の向こうのやけに長い睫を必要以上にしばたかせる小太り色白のベストの男がその質問用紙に目を通す。
彼はおまけの質問にしか興味を示さない。
「子供がいる相手と入籍する場合、その子供と養子縁組をしない場合、不都合が生じるとしたら何でしょうか?」

「と、いうか」。
弁護士でもなんでもないただの受付の男は、いきなりそういう。
「そんないい加減な気持ちじゃあ結婚すべきじゃないでしょう。100%うまくいかないでしょう。子供を傷つけるだけでしょう」。

怒る気にもならない。
「感情的な問題は」私は言う。
「最も大切な問題です。それは、自分で処理します。訊きたいのはくだらない法律上の問題のこと」。

世の中には、本当に意地悪な人がいるものだ、と思う。質問用紙に書かれたたった三行の文章でいったい、何がわかるというの。それをさも、常識のように振りかざす。
「相談所の受付に、あなたのようなデリカシーのない人がいていいものでしょうか?」

世の中には、饒舌だけど悲観的な人間と、寡黙だけど楽天的な人がいて、私は前者、恋人は後者。様々な問題が「つらい」ことを必死で訴えているのは私だけで、妻や母を亡くした父と子供は、私の想像を絶して「のんき」だ。現実をあるがままに受け入れて、「今を生きる」。もちろんそれだからこそうまくいく部分があって、おしなべて口先ばかりだった今までの恋人に比べたら遙かに安心できる。だけど、「母親を亡くした7才の少女」と、「好きになった15歳年上の男には7歳の娘がいた27歳女」というのは、どちらも同じくらいかわいそうじゃないか?

吐くほど泣いてしまえば後は楽になって、仕事の終わる恋人を六本木ヒルズで待つ。麻布十番の焼き肉やでエビスとホルモン。一週間ぶりに外食をした。フードマガジンで朝食のチーズやハムを買い、思い立って東京シティービューに行く。雨がぱらついてきて、この雨は明日には雪になるそう。深く深くつもって動けなくなる様を思う。東京の人はちょっと雪が降るだけでつるつる滑って転んでおもしろい。雪かきが下手だから路面をつるつるにしてしまう。この海抜250メートルの場所で、そんな滑稽な街を見つめていたい。
そんな空想にふけるまもなく、一日働いた後に私の奇襲デートに付き合った42歳の恋人は、あくびをかみ殺して私の肩を抱いて、早く地上に降りようと、なんの未練もみせずエレベーターに向かう。