ウィーンからブダペスト もしくは高山から大地へ

Chartreuse2005-09-03

ウィーンからブダペストへは船で行くはずだった。しかし、港に到着したら既に船は15分前に出発したところ。???なんで?
兎に角、気を取り直してウィーン西駅へ。10時4分発のブダペスト行きのチケットを無事ゲットしたのでよしとする。
しかしなんで間違えちゃったのかな。ブダペスト経由ベオグラード行きの列車の中でパソコンを開いてメールチェックすると、予約確認書には確かに
hereby we confirm you reservation for the hydrofoil boat, as follows:
date: 02 September 2005
departure Vienna: 09:00, check-in: 08:00

と。
間違えるなよー。ウィーンの船会社のやつら!まあ確認しなかった私も悪いけどさ。
と、言うわけでドナウ川下りは諦めて急遽列車の旅。まあ早いし安いし、いっか。

それにしても昨日の国立歌劇場で見たオペラは楽しかった。9月1日、今シーズン初日の演目はモーツァルトの「魔笛」。とても楽しいお話です。姫役がとてもうまかった。私は懐事情があり25ユーロの席をとったのだけど、ああ、どうして日本で徹カラとか飲み会とかで1万円とか使っちゃうのにこんなところでけちっちゃったのかな。舞台はほぼ全て見えたし(オーケストラは半分見えなかった)まあ良かったのだけど、やっぱり良い席で見たかった。次来たときは絶対に良い席で見よう。

ウィーンではもちろんカフェ巡りをしました。当然ザッハーホテルでザッハトルテだって食べますとも。


だけど、その前日にホテルの近くで行ったカフェで食べたザッハトルテの方が美味しかった。もちろん不味くはないけど、まあ日本でも同じようなものがいくらでも食べれるなって感じ。それよかウェイトレスさんがね。エマニュエル・ベアールそっくりでちょっと萌え。
夜はウィーンの森の麓にあるグリンツィリングという街(?)のホイリゲという新酒の葡萄酒を飲ませてくれる居酒屋で乾杯。アコーディオンだのバイオリンだのが入って生演奏を聴かせてくれるのだけど、私は光栄にも未来のジャパニーズフェイマスオペラシンガーとご一緒させて頂いていたため、合唱した「サンタルチア」ではホイリゲ中の注目を集め拍手喝采。フラッシュの嵐。楽しい想い出となりました。私が気になったのは隣の席の夫妻。男性の方はドイツ人っぽい顔立ちなのだけど、お話したときは英語だったので何人か定かではないけれど、男性の方は50前後、奥さんの方は20代後半に見える。で、女性の方は若くて可愛いのだけど体格が見事。ね。年上の恋人に甘やかされるとね、つい自分の体型に規制緩和が起こってしまうのよ。他人事とは思えず、身の引き締まる思いでした。

ウィーンの美術史博物館は素晴らしかった。豪華な内装。ネーデルランドとドイツ、その他のヨーロッパの画家が分けて展示されているのが面白い。なかなか普段目にすることのできないファン・ダイクを見ることができて嬉しい。
そして、世界一美しいと言われる、国立図書館

古い書物が蔵書されていて(手に取ることはできない)、ボルヘスの「バベルの図書館」(だっけ?ちがったらごめん)を思い出す。

ウィーンでは一切ネットにつなげなかった。ホテルのロビーでは無線LANが使えるハズなのだけど、無線LANに接続するためのインターネットカードというものがどこにも売ってない。タバッキか郵便局に行けと言われ尋ねるも売ってない。恋人には毎日電話をしているけれど、昨日はでなかった。かつての恋人ならば気にしない。私の着信をどうとも思っていない人たちだった。だけど私の言葉の全てを大切にしてくれるあの人が電話にでないのは、ものすごく気になるし、私自身が不安になる。私が話したいときに、声が聞きたいときに、あの人がいなくて、私はだめなんです。9時過ぎ、日本は明け方4時だというのに、電話をかける。でない。たぶん私のメールには、あの人からのメッセージがはいってるだろうに。

翌朝を待って、日本語が読めるネットカフェに行く。あの人からは、「My dearest しゃる。今日は大学時代の友人と飲みに行く、ごめんね」とメールが入っている。ほらね、と安堵する。謝る必要なんてないのに、優しい人ね。
もうひとつ、件名の空欄のメール。見たこともないアドレスから。
開くと、ローマ字で綴られていた。

差出人は、美少年from ブエノスアイレス


簡単な近況と、最後に書かれている。


「Kigatsuitayo,I love you」


やれやれ。
やれやれやれやれやれ。
私、大モテね。どうしちゃったんだろうね。


ネットカフェを出て、路地をぐるぐると歩く。やがて公園にでる。木陰の芝生に寝ころぶ。


目を閉じる。簡素な駅のホームでバックパックにもたれて列車を待つあの子の姿が目に浮かぶ。色白の陶器の肌は少し陽に灼けているかもしれない。柔らかな栗色の髪の毛は陽射しに金に輝くだろう。何か、あの子の思う美しいものを見つけた鳶色の目は、どんな宝石よりも透明で深く、その細い腕に潜む驚くべき力で押さえつけた私の、頬はあの子の髪を縫って滴る水滴を受ける。髪の毛を引っ張られて引き戻された私の、軽く噛まれた耳が、あの子の喉から漏れる微かな息を聴く。

ああ。
ああ。ああ。
どうして、今気がついたの。どうして、二ヶ月前に気がつかなかったの。
異常にカラフルに蘇ってきて、吐き気がする。

Watashi ha kigatsuitetayo,zutto.

でも、あの子の愛はここが頂点で、待っても、待っても、待っても、何もないことを知っている。

なんて、なんて、幸福な私。

あの子と、愛し合えたのね。


冷たい岩肌に、ところどころ木が生える高山。当然甘い果実は実らない。私は細々と苔を食べて、小枝に幾枚か揺れる葉に溜まった朝露を、唯一の水源として、たまに谷にこだまする鳥の鳴き声を残された音楽とする。だけど、空気がとても澄んでいるので、私は獣の皮に身を包んで、耳の痛くなるような静寂の夜の、空に大きな青白い星を眺めることができる。

星は、たった一つ。超高温で、真っ直ぐに、光を放ち続ける、美しい星。
私はその星を眺めて、飽きるまで一人で眺めて、やがて立ち去る日を知る。

山を下りた私は、誰かと出会い、畑を耕して、水車を作って、実りを得る。来る年も来る年も永遠に、衰え果てるまで繰り返す。少しずつ、作物の種類も家畜も増える。家族も増える。
50回目の実りを得た後、ふと、見上げると空には無数の星。どれも、小さくきらきらと輝く。どれが、あの星だったかはもう、見当もつかない。

あの星の光を覚えている。あの星の下で、私は一人、時はなかった。一瞬でも永遠でもない。

衰えた手をみて、私は50回の実りを、すべて思い出せないことに愕然とするかもしれない。同じ繰り返し。区別はつかない。それでも、その手に重ねられた硬い手に、安堵するだろう。どっちが大切だったかなんてしらない。青い星か、50回の実りか。たぶん、どっちでも同じなんだろう。どちらも、永遠に果てない。
目を閉じれば青い光がある。
私は、山を下ることにしたのよ。