三日目(ローマ)

Chartreuse2005-08-18

時差ぼけ、というより飲み過ぎてホテルに帰ってベッドの上に倒れてメイクも落とさず寝たものだから、深夜3時に目が覚めて、久々にやってしまったと思った。だって一人で。いや、最近飲み過ぎるのは大抵一人のときなのよ。本当に歪んでしまうまで、酔いに気がつかない。気がついたときには手遅れ。シャワーを浴びた後、恋人に手紙を書く。これで何通目?今まで私は旅にでたときは「投函しない手紙」として夥しい量の手紙を書いてはその生き残った1%が相手の手元に届いたわけだけど、今回は決めていた。書いた手紙は100%、あの人の元に届けよう。全ての葉書にきちんと切手を貼って、ポストに滑り込ませる。ローマについてから、一番たくさん行った行為は、ポストと向かい合うことだろう。一つの言葉に責任を持つこと。綴った言葉に。それはダイレクトに、あの人の心に届くのだから。私の言葉が、あの人を幸せにし、傷つけもするのだから。

ようやく朝になって、一番乗りで朝食を取ったあとは、散歩にでる。ベルニーニの「聖テレジアの法悦」を見る。襞。襞。襞。思ったより小さい。もっと明るい所で間近で見れたらあの肌の輝きや柔らかさが分かるのにな。
その後、トレヴィの泉へ。あまりの人の多さに笑っちゃう。だって泉だよ?かくいう私もまあ、そこにいるんだけどね。とはいえ泉はやっぱり美しく、すごいなあ、と。もし東京にこんな泉があれば、私は2ヶ月に一度くらいはみにいくと思う。
その後パンテオン経由、ファロ・ロマーノコロッセオへ。ローマは思ったより小さいからほぼ徒歩で移動してしまう。だって地下鉄の駅も微妙だし、バス、わかんないし。それより歩いた方が早い。途中あまりに暑かったのでカフェに入って、ビールとサラダ。この大雑把なサラダ、いいねー。
40分くらい入場に並んで、コロッセオへ。並ぶのは好きじゃないけど、特に用事もないので大人しく並ぶことにする。コロッセオ。すごいね。何がすごいって、流血を見るために4万人もの人々が集まったという事実がすごい。だってさ。人が猛獣に殺される姿を、見たいかい?でもわかんないな。私もその頃生きてたら、「猛獣対人」デートに誘われてうきうきしてたのかも。それにしても、猛獣の種類が知りたい。たいてい日本人グループの会話を盗み聞きしてると、猛獣はライオンということになっているのだけど、そうなの?ライオンっていたの?紀元前にライオン、アフリカからつれてきてたの?でも他になんだろう?猛獣って。熊?蛇?
朝早くから活動していたので夕方には疲れ果てる。ずっと歩いていたし。で、夕方早めにホテルに戻る。時計を見る。4時。日本は11時か。家にいるかしら?
公衆電話。あの人のダイヤルを回す。6回コールの末、懐かしい声がする。
「もしもし。私」
私の声に安堵したような、あの人の声に安堵して、私は他愛もない話を、だらだらとする。そして気づく。ねえ初めてだよね?こんなに電話で長話ししたの。

お礼がいいたいの。
今までと違ってね。一人の旅が淋しくない。いつでもどこでも、あなたに逢いたいと願うけど、その辛さは、温かい辛さ。かつての、氷のような、石ころのようなものを胸に抱えて旅をしたときとは全然違うの。
もちろんそんな詳細は、電話じゃ語れない。
ただ、ありがとう、と言って、何がと訊かれて、何かな、わかるでしょう?といつものように相手に委ねて、でも大丈夫。
分かってなくても、あなたはできるの。私を守ることが。




ホテルに一回帰って休んだあと、ヴェネト通りから一歩入ったピッツェリアへ行く。オープンテラスで、店内には窯があったから、昼間目星をつけていた。8時前だけどまだ明るくて、プロセッコをボトルで飲みながら水牛のモッツァレラチーズチコリーのチーズ焼き。ズッキーニのピザ。その後赤のハウスワインをごくごく飲む。全く大酒のみの女。ここのウェイター、めちゃくちゃハイテンションなおじちゃんなのだけど、もう私にぞっこんみたい。運んでくるたびにキスの嵐、トイレに行くときに熱い抱擁、今夜、around midnightに5分だけ逢ってくれ。信じてくれ5分だけだよ、と。ああ、私モテモテね。だいたい私はこういうおじさんにもてる向きがあり、たぶん東洋人にしてそこまで神秘的ではなく近寄りがたくなく、はほどよい肉付きが逆にセクシー、というよりは親しみを覚えるんじゃないか。うるさい。で、最後はメルアド交換。なんだそりゃ。店をでて、角を曲がるあたり、「Oh!!シャルーーー」とおっかけてくるウェイター。そして熱い抱擁。なんだそりゃ?
その後、「甘い生活」の舞台となった、カフェ・ド・パリでカンパリソーダ。おつまみにフリットとミニピザみたいなものがついてくる。やけに愉快だわ。ローマ万歳。


翌朝。
朝食を終えて部屋に戻り、身支度を調えていると電話がかかってきた。フォルマッジョ。昨日のレストランのウェイター。「昨日の夜は逢いにくることができなかった。今日は何時の列車だい?駅まで送りに行くよ。一番線で待っていておくれ。チャオチャオ」
あっはは。すげーな。だけどもちろんそんなの逢う気ない。だってあの広いテルミニでさ。一番線ってどこだよ?
チェックアウトをしてタクシーで駅に向かう。荷物を預けて水などを仕入れに出る。そしてホームを横切った途端、「オー。しゃるーーー!!!」
Oh,No!
JAMAICAとプリントされたド派手な黄色のシャツを着たフォルマッジョ。いきなり熱い抱擁。キスの嵐。「I miss you」「I love you」「You are my angel」「How beautiful you are!」
私は、大笑いしながらも、心を打たれる。この恋に対する情熱。たった5分間の抱擁とキスのために駆けつける、このイタリア人は、私の恋に対する情熱を遙かに凌駕する。日本の男、見習ってくれ。このパワーを、そして、キスのテクニック。外人専門の友人がいたけれど、ちょっとわかる。キスひとつでさえ、こんなに違う。私の首筋に触れる、あの手の感覚。目を閉じて、身を任せて、続きをうっとりと思う。たぶん、極上だろうね。
再会を無責任に約束して、列車に乗る。ローマを去る。
ローマ、万歳!