最初の恋から順番に、言葉を当ててみると、
最初の恋は、一途
次の恋は、羨望
次の恋は、不可解
次の恋は、夢


そして今の恋は、安堵。


久しぶりに余裕のある昼過ぎ、美少年から着信があった。「お昼食べた?」
一ヶ月ぶりに見る彼は、相変わらず美しくて、駅前の、重苦しい空気の中に軽々と立っている。遠くから、しばらく彼を見つめてしまう。やがて私に気が付いた彼は、久しぶりとはにかんで、どうしてだろう?照れるのはいつも私の役目だったのに。
私はただ、感動している。この人の変わらない美しさに。透明で、羽根のような軽い雰囲気に。パスタを食べながら、少し風の強い日の恋のことを思う。
たぶん3月の末。春の空気を含んだ風はコートを脱いだ体に正面からたたきつけて洋服の隙間から体中を駆けめぐる。私は、その心地よさに思わず目を閉じて、おそらく目尻に涙がにじむだろう。生理的な反応として。
テーブル越しに手を伸ばして彼の頬に触れた。驚いて、私を見つめる彼。
初めてそんなことをした。今まで、触れられるまで待っていた。触れたら、人は壊れる気がしていた。と、いうより私に、触れる権利はないと思っていた。触れることは、禁じられていると思っていた。


大丈夫。触れても人は壊れない。
私にも、誰かに触れることができる。


しばらく見つめて、微笑んで、そして、二度と私はこの人の頬に触れる必要はないと思う。
さて。美少年も卒業。
さようなら。深夜3時の下北沢。カーテンのないアパート。エゴイスティックなセックス。ありもしない言葉遊び。美しい食欲。


おそらく、彼なりに私をちょっとは愛してくれたのではないかしら。人の愛はいつだって不明瞭で、全くなんでこんなにわかりにくいのかしら。なにかリトマス試験紙のようなものを唾液につけて、愛の強さに反応すればいいのに。だけど、そうねそれじゃあつまらない。あなたは、あなたなりの愛し方で生きていけばいい。いつだって、軽々と、気が向いたときだけ逢って愛して、交わして逃げて、そうやって生きていけばいい。それは私の夢だったし、おそらく永遠に夢。私は、私だけを必要としてくれる幸せな現実の方に捕まったの。


また飲もうよ、という誘いに、いつでもと答える。
ドアの向こうの光を求めて、まっすぐに、ひたすら飲み続けた。ドアを開けたとたんあまりに明るい光に目がくらんで、ぎゅっと目を閉じると、一人翌朝の吐気の中。うんざりとするけれど、でも中毒のように、あの光に向かう快感を求めた。体は覚えている。あの快感を。
また、いつかね。人の心は本当に不可思議で、もしかしたら私たちはまた、出会えるかもしれないし。


夕方、恋人と恵比寿ガーデンシネマウッディ・アレンの「メリンダとメリンダ」を観て、心地よさそうに寝息をたてるその人を、とても愛おしいと思う。信じられる。信じている。もっともっと、信じられるのじゃないかと思う。