魔球

Chartreuse2005-06-17

夫婦で北海道に旅行中の母からリスの写真とともに「摩周湖素晴らしかったよ」とメールがあった。


「晴れてた?晴天の摩周湖を見ると婚期が遅れるというけれど、私は三回とも晴れていたよーははは:-)」とメールを返すと、
「澄み切った空で、暑かった〜
何もかも 済ませて(子供も育て上げて)からで よかったわ(^_-)-☆
大変な事になるところだった! しゃるちゃんもこの世に居なかったかもしれない(−_−メ)」

との返答。ポップな母です。60歳。



ジュンク堂にて開催された角田光代と穂村さんのトークセッション*1行ってきました。
トークセッションというのは、実は私はすごく苦手。何かひっかかったフレーズがあると、私はそこから勝手にトリップしちゃうから、その後の話しを聞き逃してしまう。だから自分の速度で自由に読み進められる方が好きなんですが、でも昨日のセッションは楽しかった。穂村さんと角田光代の恋愛の話などが主です。角田光代のすごいところは次の恋愛がそれまでの恋より格段に点数が下がっても良い、と言う点。かつての恋には美化分が加わるからそれは差し引いて考えてあげなくちゃ。スタートが30点でもだんだん上がるかもしれないじゃないか、と言う。一方穂村さんは、恋は繰り返せば繰り返すほどその美化分が加わってハードルはあがるから、ついに人は魔球を期待してしまうのだと言う。喫茶店に入ったとき、ウェイトレスが足に包帯をしていたら、これは!と思うような。もしかしたら彼女は鹿で猟師に足を打たれてそのときの傷が・・・なんて想像しちゃったり。私は絶対に穂村さんよりです。
角田光代は、26歳のときが一番楽しかった、と言っていた。うーん。私は今ちょうど26歳だけど、今までの人生で一番輝いていたのは23歳のときだと思う。好きな仕事を始めて、貧乏になって、2年間付き合っていた人と別れたあのとき。あの別れはすがすがしくって、もちろん深く傷ついたけど、あのマンションを出てエレベーターを降りるときですら、これで良かった、と思った。人生はこれからだ、と思った。
今の私は?週5日飲んで、そのうち2日は度を超して飲み過ぎて週末はほぼ朝帰り。およそ一年に一回の頻度でどうでもいい男と寝て死んでしまいたくなって、過去の恋人を美化して懐かしむ。どうだろう?どうかしら。



帰り道、久しぶりに、切望していた美少年からの着信があった。開口一番、決まり文句の「おなか空いたよ」。彼の育った家庭ではもしもしの代わりにそういうのかもしれない。数日の間行方不明で、その間どこで何をしてようがかまわないけどせめて、手みやげに温泉まんじゅうなんて持ってこないことを祈る。幸い彼の持ってきたのは蜂蜜。アボカドの花の珍しい蜂蜜で、私のアボカド好きを覚えていていたからだと思い込もう。給料日前だしスーパーで半額になった寿司を買って、ビールで乾杯。カーテンレールには私の勲章であるガーリーなランジェリーが干しっぱなしだが、今さら慌てて取り込むこともないか。頃合いを見計らってそっとしまったのだけど、その後しきりにガリをくれるのは、さすがに見かねて前回アニエスで私が買おうとした淡いピンクの花柄のシャツに口を出したばかりだし、ささやかな彼の抗議なのかもしれない。そういう親父ギャグでもあなたなら好きよと思いながら、今、この瞬間は限りなく幸せ。そして、思う。
彼は、魔球なんだ、私の。最初から最後までおそらくずっと100点で、これ以上に上がることも損なわれようもない。
相変わらず、肉まん食いたいくらいの感じで結婚しようよと言う彼に、いいよ新婚旅行はペンギン見にいこうよ足の上に卵をのっけて等間隔で彫刻みたいに立つペンギンをと笑ったら、ふいに鎖の切れたブレスレットの真珠が床に転がるように私の目からこぼれ落ちた涙を、彼は別に不思議そうにでもなく、見つめて手を伸ばして私の頭を引き寄せる。その、大好きな肩に精一杯おでこを押しつけた、私の頭には、何年も前から銀座に行くたびに思わずのぞいてしまうミキモトの地下のショーケースの中の、ブルーサファイヤと真珠の鏤められた美しい、美しいティアラがある。口にすべきなのは、ペンギンよりティアラなのに。
なんて残酷な人なのかしらと思い、それでも私は、壊すよりもこの関係が続くことを、選ぶ。都合の良い女でいい。いつでも機嫌良く、不平を言わない女でいる限り、この人が私のそばにいてくれるなら。それでもそれにすら何の保証もなくて、今日の抱擁が最後かもしれない。それでも、いいわ。この一瞬の幸福が、何よりも、何よりも大切なのよ。

*1:id:amanomurakumo:20050616さんに詳しい記述があります