美しい世界へ

久しぶりに携帯の電源を入れたら、たまっていたメールが雪崩れ込んできた。
たいていは、飲みに行こうメールだけど一番多かったのは、先日の「手作り弁当持参」男( id:Chartreuse:20050506)からの再びのデートお誘い。あああ。ありがとう。私を現実につないでくれて。
はっきり言って、あのデートはここ数年で一番辛いデートだった。デートの後は後遺症で寝込むくらいに辛かった。好意はありがたいし、私がどうこう言える身分でないことは承知してますが、だけどだね。ちょっと愚痴をこぼさせてもらうと、マザー牧場富士急ハイランドなんて選ぶのも惨めな選択肢だからほっといたら勝手に富士急ハイランドに決められて、手作り弁当まで要求されて、分かり切ったことだけど 5月4日の東名高速なんておっそろしく混んでいて3時間たっても横浜までしか行けず、挫折して横浜観光にしたのはまだいいけど、車を横浜美術館よりもまだ内側の PCデポの駐車場なんかにとめやがって、お弁当を食べるために港に向かうも 30分以上てくてく歩かなきゃならないし、彼が自信満々で作ってきたお弁当はクーラーボックスに仰々しく入っていたけど、調味料で不可欠だというケチャップとマヨネーズを探し求めてコンビニを3軒探し求めて(手際わりーな!)、ようやく見つけたデイリーヤマザキで小さなマヨネーズをさんざんまよったあげく 2本買ったのに(そんなに!?)、なぜか 10個の個包装になったケチャップと小さなチューブのケチャップでは個包装の方を選んで、それは私にはどんな味付けのサンドイッチなんだかさっぱりだし、第一私はケチャップ味とマヨネーズ味というのが嫌いなのよ!!!もちろんそんなそぶりは微塵も見せずに私はにこにこと後をついて歩いて(諦めの境地)、ようやく辿り着いた港の公園で彼がクーラーボックスから取り出したのは、工事現場のおじさんの食べているような大きなプラスチックのケース 3個。恐れをなしつつも、ものすごく気になるその中味。果たして・・・?
じゃーん。一つ目のタッパーには、マーガリンとマスタードが塗られた食パンがずらり。しかも食パンはヤマザキとかパスコとかその辺のスーパーで売られているもの。そして、もう一つのタッパーには???
大きなお弁当箱に一面に詰まっていたのは、キャベツとマッシュルームと豚肉の細切れがバターで炒められたもの。これを、パンに挟んで、ケチャップとマヨネーズをたっぷりつけて、がぶりといけ、と。
JesusChrist !
仕事上、数々のモノを食べていろいろな感想を述べてきた私。だけど今回は、あまりの惨めさに「うーん。アメリカンな味」としか言えなかった。いや、食べ物として、こういうのが好きな人がいるのも分かるし、別に否定はしないけど、どうして私が、 34歳の男の人と、こんなに気持ちの良いゴールデンウィークの昼下がり、思いがけず日に灼けながら、ここ数年口にしなかった食パンを、たっぷりの野菜炒めとともに、嫌いな方から数えた方が早い調味料である、ケチャップとマヨネーズをつけて、頬張らなきゃいけないのかしら。しかも食べ終えたら、また 30分も車まで、つまり PCデポの駐車場まであの退廃的な道のりを、ひたすら歩かなきゃいけないのよ。思わず涙ぐみたくなったけど、そうだ3つ目のタッパーの中味は?
じゃじゃーん。またまたパンでしたー。一体何斤のパンを食えと言うのよ。来る途中、アンデルセン見かけたんだけど、せめてそこでバケット買ってくれば良かった。その後、いちゃつくカップルを横目に膝枕を要求されそうになるけれど笑顔でかわし(私に触らないで!)、遠くの船をぼんやり眺めながら、早く終われと、あまり気分が乗らないときのセックスの最中のようなことを思う。その後くたくたの私を連れ回し、夕陽を見せた彼。なんとか乗り切ったと、じゃ!と帰ろうとした私を引き留めて「昼はものすごくチープにすませちゃったから夜は豪勢に行こうな」と言う。ショックで思わず目の前が真っ暗になる私の腕を無理矢理引いて「豪勢に」焼鳥屋に行き、飲んで食べて、さあお役目を果たしたと思って店を出たら、割り勘の半額を要求され、まあそれも 100歩譲って許すとするが、さらにその後私をとっておきのバーに連れて行きたいと言われ、勘弁してくださいと言ったけど、もうここまできたら断れず、知らない町のどっかのバーに連れて行かれた。とっておきおのバーはお酒のセレクションも雰囲気もバーテンダーの腕も記憶に残らないほど凡庸だったが、「どうして早く帰らなきゃいけないの?」という問いに、「明日はハバネロの種を蒔くんです」と答えて解放してもらうが、帰りの車の中で、「種を蒔く以外は別に予定ないの?」と食いさがられ、気づけよ!種なんてどうでもいいんだよ!!さらに、自分が童貞を失ったのは風俗だったと告白され、ああもううんざりだよお姉さんは。どこでどう童貞を失おうが私には関係なーい!!だけど風俗の相場を知りたかったので、一応いくらだったんですか?と訊いてみたら 1万 8000円だってさ。 1回 1万 8000円。うーん。ご苦労さまです風俗のお姉さん。でも当時は学生だったからびっくりドンキーで一生懸命バイトして、晴れて童貞脱出したそうな。びっくりだよドンキー。その後、数々のラブホのネオンの前で、それとなく誘われるも笑い飛ばしてなんとかかわす。そして、最後の最後で、手つなぎ許可を求められる。「あのさあ、手をつないでもいい?」。きゃーーー!やめてーーーー!て感じのデートでした。ああ、一気に書いちゃった、すっきりした。



そんなこんなでしばらくサンドイッチには辛い記憶がまとわりついていたものの、もはやリリー・フランキーのコラムが一番の目的となってしまった「料理王国」の「架空の料理 空想の食卓」を読んで、再びサンドイッチが食べたくなった。今日は、朝ちょっと遠出してティファニー美術館のパン屋でバケットを買ってきたので、先日の残り物のローストビーフルッコラを挟んでランチに食べてみた。うーまーいー。美味しいサンドイッチというのはね、こういうことをいうのだよ。


午後のテラスでそのまま本を読みながらごろごろしていたら、いきなり雲行きが妖しくなってきて、土の、ざらついた匂いがたち上る。その匂いが鼻をついて、ああ、雨が降るなと思った瞬間、いきなり雷がぴかってなって、どーんと激しい音がしたかと思うと、まさにバケツをひっくり返したという感じで、雨が降ってきた。その雨は、私の恋のごとくあまりに急だったので、避難することもできず、気が付いたときには私は大雨の中。雨粒は容赦なく私に打ちつけて、髪を、衣服を濡らしていく。ミルクティーカップはみるみるうちに雨に満たされて濁った液体がカップから溢れる。世界は雨音に支配される。庭にある新緑のメタセコイアの枝は大粒の雨とときおりの突風に身をくねらせて、ざわざわと音をたてる。ときおりカワラヒワが雨を縫って鳴く。その声は谷間をこだまする。私の衣服は雨を含んでぼったりと重くなり、やがて侵入してきた冷たい雨水が、私の肌に到達する。
ただ呆然と、私は雨の中に佇んでいて、やがて恍惚にいたる。

遠くから、私を呼ぶ彼の声が聞こえる。「何してるの?」
振り向いた家の中は暗くて彼の表情は見えない。
私は、できるだけ正常に見えるように、平静を装って答える。
「別に」。


やがて彼は、大きなタオルケットを持ってやってきて、私を包む。
裸足の彼はウッドデッキに滲んだ足跡を作る。
タオルケットの隙間から見える彼のデニムがみるみる雨に濡れて濃く染まっていく。
もどかしく思う。
はやく、全部染めて。
やがて、タオルケットも、彼も、雨に温度を奪われて、どんどん冷たくなっていく。
あなたと、私の呼吸だけが、温かい。


直近のかつての恋人ならば、私に精神異常者の烙印を押しただろう。
いや、充分精神異常者ね。


やがて、雨はあがり、雲間から太陽が姿を現す。
空は清澄な青。葉の隙間からは金色の光がこぼれる。
再び虫が鳴き出す。世界が生き返る。


精神異常者かしら。
こんなに、美しい世界がここにあるのに?


美しい、美しい世界がここにあるのよ。
いつまでも、私と一緒に見て欲しいのよ。