大晦日

ミレナリオの後、入ったベルギービール屋で、蝦夷鹿のレッドビール煮を食べながら、私はついに様々な、不安を吐露してなにもかも、我慢していたものをぶちまけて、それでも彼は困った顔をして、黙って私を見つめるだけだったので、私は、もういやだ、やっていけない。そう言い放ち、席を立って店を出た。駅の構内で追いかけてきた彼を振り払い、電車に乗る。
不機嫌なまま朝を迎え、私は無言で髭を剃る彼を後ろから抱きしめて、謝る。
一方的でごめんね。
でも、不安なのよ。何か言葉をちょうだい。



その日は仕事納めで、職場で忘年会があった。比較的親しい人たちで行った二次会で、後輩に5年のつきあいだけどこんな先輩は初めてですと言われるほどなぜかとても上機嫌な彼は、重大発表をするといい、囃し立てる皆を黙らせて、言う。


s部のしゃると、結婚を前提に付き合っています


一番、驚いたのは私だけど、それでも、まず最初に浮かんだのは、困った、でも、しまった、でもなくて、嬉しい、だったので、私はとっても、とっても幸せなんだろう。


これほど、私を愛していると胸を張って言ってくれる人は、世界中どこを探してもほかにいないだろう。



皆に、彼はこの数ヶ月間でとっても変わった、それはきっとしゃるちゃんのおかげだね、と言われる。子供がいるからってなんだ、応援するぞ!とメールをもらう。


ああ、幸せだな。


幸せだな。


かつての恋人は、幸せという言葉の嫌いな人だったけど、きっとこういう使い方ならば、気に入ってくれるだろう。
幸せだよ。ものすごく、幸せだよ。



不安なことは相変わらずいっぱいで、私はまだまだ、いっぱいこれから苦しんで泣いていくだろうと思う。あの人も、傷つけてしまうだろうと思う。

それでも、抱き合って、体をくっつけていると、痛みが消えていくから不思議だと思う。
私は自分の体と区別がつかないくらい、彼を信じている。
体の境がなくなって、体液が溶けだしていく。
それは透明な涙で、かつては嬉し泣きなんて、ないと思っていたけれど、神様、あるんですね。


翌朝、正気に戻って二度と会社に行きたくない、と照れる彼を、二日酔いでむかむかの体を押さえつけて抱きしめ、人生で最低のスタートを切った2005年は、人生で最高のラストだったな、と思う。


どうぞ、皆様。良いお年を。
来年もどうか、見守っていてください。