私が欲しいのは新品の目覚め

Chartreuse2005-11-22

会社の人がローライフレックスクラシックカメラ持っていて、いいなーと思って検索。するとMiniDigiっていうデジカメがでているじゃあございませんか。
うわー。超可愛い♪クリスマスプレゼントにねだろっかな!なんて思って恋人にネタをふってみたらなんと既にお持ちでした。なんて便利な人。超ラッキー。


そして、この秋は新生活を始めるに当たって、オイルヒーターとか京セラのスライサーとかオクソのサラダドライヤーとか家庭用品を沢山買ったけど、一番のヒットはティファールの電機ケトル。あっという間にお湯が沸いてびっくり。保温機能とか邪魔なのないし。かわいいしさ。すごい、すぐれもの。


さて。男というものがどれだけ鈍感なのか、重々承知してはいるものの、そこで諦めたら負けだ。それは、かき氷はどうせ水なんだから水に苺シロップ垂らせばいーじゃんって色水飲むような人生で、そんなのはやっぱだめだろう。
だから、恋人のマンションの壁一面に張られている、その人の亡き妻との写真を、片づけるよう、たいそうハードな要請を、私はしなくてはならない。


もし私が彼なら、初めて私を家に招くときに、ある程度の写真を片づけただろうし、その後もチャンスは何回かあって、例えば、私が一ヶ月間の旅から帰ってきたときとか、本格的にアパートを引き払い同棲を始めたときとか。だけど、その人はのほほんと、新婚旅行の折のバンクーバー雄大な山々をバックに雪上でバカみたいに板を掃いてピースする二人の写真とか、妊娠が発覚したときに産婦人科の看板の前でとった写真とか(一体誰がシャッターを押したんだよ)がかかり続ける。


この、鈍感さに、救われていると感じることもある。デフレスパイラルになりがちな私の根暗さを、この人の、はしゃがない根赤さが、空想や妄想に突っ走らず常に現実的な部分が、救っている、と。

だけど、その鈍感から壊れゆく物も大きいんだよ。


しかも、先週末は私の友達数人とホームパーティーを催すことになっていて、その人たちの目の前に、その写真を堂々とかけておくわけ?もちろんみんな諸事情を知っている人々で、気兼ねないと言えば気兼ねないけど、私の、立場は、どうなるの?


ああ、めんどくせーな。また、言葉を絞り出さなくちゃならない。
しかも、もう写真なんて私は穴が開くほど見たのだから、実際にそこに放置されていようがどこか棚の奥にしまわれようが私としては同じなんだけど、でも、恋人自身にとって放置するのと、しまうのとでは、全く違うだろう。
私にとって重要なのは、写真をしまってくれる、その、行為。


かつての恋人たちが、この人よりも優れていた唯一の点は、そんな失態を犯さなかったことだろう。女の不愉快を察する動物的な本能。憎たらしいほど狡猾に、その場その場で都合の良い言い訳を、夢の世界を、私に与え続けた。
だけど、その夢を、私は愛したのよ。


さて。
どうしようかな。


私は、非常に冷酷な女なんだけど、実は面と向かうと、はっきりモノが言えず、我慢したり泣いてしまったりする。特に大切なことになればなるほど、言葉が出てこなくなる傾向にある。


と、いうことで、メールをうつ。


「お願いがあるの。
部屋に飾ってある写真を、片づけて下さい。

「全部じゃないよ。
あなたの娘にとっても大切な思い出なんだし、
そこには何の不満もないの。

「だけど、そこからいつも、いつも、いつも、
目を背けることのできない私の気持ちを、
あなたは考えたことがある?


まあ以上のような内容にもっと優しさとか配慮とかを加えてたらたらとした文章にして送る。


やっぱり、疲弊する。
すっかり日の短くなった定時直後のオフィスで、隣の席のコールテンのパンツをはく39歳の女性のばりばりと食べるごま煎餅の音を聞きながら、涙がでてしまう。


これを訴えることに何か、価値があるのだろうか?


あの人には、何か深い考えがあって、写真を飾りっぱなしにしてるのかも知れない。


もしくは、その写真を片づけるくらいなら、私と別れたいと思うだろうか?



帰宅すると、いつも通りMacに向かうその人がいて、その後ろの壁から二つの写真は消えていた。


いつも通り、夕ご飯を食べ、お風呂に入って、ベッドに入る。


その人は私を引き寄せて、言う。


「本当に、鈍感で、ごめんね」


やっぱり。
やっぱり、鈍感だったのか。


みぞおちに顔を埋める恋人を抱きしめながら、思う。


「ねえねえ。例えばさ、
私のモトカレってとってもいい人だったの。だから、あなたもきっと好きになると思うから、今度みんなで旅行行かない?って言われたら、あなたどう思う?


「私にとってさ、
あなたの娘って、そんな存在なのよ。


「だから、途方に暮れてるの。
私、無理かもしれない。
私、やっぱり、消えてしまうかも知れない。


そんな残酷な言葉の代わりに、素直で優しい恋人にはこういう。
「ほんとうに、鈍感なのねえ。
でも、言葉にすれば、ちゃんとわかってくれる。
ありがとう。信じてるよ」



本当に、愛しているのかわからなくなる。


未だにふとした拍子に、あの人と過ごした、無機質な時間のことを思う。


春の初めの、強い、風の吹き込んでくる、マンションの高層階の午後、服を脱いだら、一面に鳥肌がたった。
固い体を、噛まれた。
口を封じられた。
視力を奪われた。


絶叫したかった。泣きわめきたかった。
だけど私は真空管の中。


流した涙で溺れるだけなの。

目覚めると、携帯の点滅が、メールの着信を知らせている。

虫の知らせなのかな。
差出人は私の自由を奪った犯人で、一言、かかれている。

「このごろ、君の夢ばかりみる」

返信は、打たない。
あなたの夢を見ない日はない。あなたは夢を超えていつだって、亡霊のように、つきまとってくる。


愛していない、と思う。
これは、呪い。


私はこの無骨な世界で、夢のおうちをこしらえようと、必死なのよ。