消失

Chartreuse2005-07-09

あの野分の朝、軽い二日酔いと睡眠不足の気怠い体でパソコンに向かう私を昼休み、正視した同僚が目を見開いて言った。「どうしたんですか!今日すごいキラキラしてますよ。肌とか髪とか」。
別に初めてでもなかったのに、あれだけの行為で、細胞が目覚めて体が呼吸をはじめた。ここに皮膚があることを忘れて、時が崩壊した。生まれて良かったとさえ思った。決して、洗濯物を取り込む予定だったのにとか、今日の原稿のワサビはやっぱり山葵と書いた方が良かったかとか思いだして悩むことなく、ましてや深夜3時に雨の街に逃げ出したりすることなんてない。太陽を恨んで、別れる瞬間まで心を合わせて、閉じた地下鉄の扉をギロチンのように思う。
通勤電車の中で、押し寄せる余韻に思わず天を仰いで思う。私は何か高速で流れる隕石のようなものにぶつかって、砕け散ったのだろう。でもそれは幸せに宇宙で輝いて、無数の私のかけらが空を舞っている。どのかけらも満たされて、まっすぐ、迷いなく、落ちていく。
あなたの力。尋常じゃない、引力。


セックスできれいになるって文言はもはやどこでも目にするけれど、もしきれいになれるセックスというのがあるとしたら、あのセックスのことを言うのだと思う。あれ以来、ろくなセックスをしていなくて、私はキレイになるどころか。



昨日は千駄ヶ谷にて、富山の魚介をいただく。特に牡蠣!すごいよ。

私は広島の牡蠣で育った女なのだけど、富山の牡蠣はミルキーで濃厚。とろりとした牡蠣のエキスが口に広がる。 1ケ 1000円なり。一食分の代金なり。それでもたまにはおいしいものを食べないといけない。おいしいものを食べていないと感覚が鈍る。細かく刻んだエビを目の前の熱々の石の上でやくエビの石焼きや、富山港直送の魚介類と日本酒。幸せなひとときでした。もちろん自腹じゃありませんよ。ごちそうさま。

その後渋谷駅近くのワインバーにてスペインのワインを一本、さらに下北沢に移動して、なんだかきれいなカクテルとモルトウィスキーを飲む。相変わらず酔っぱらいだ。飲まなくちゃやってられないのではなくて、飲んでると楽しくなるから度を超すだけ。悩みも体調不良もふっとんで、飲んでるときが一番元気。これぞ本当のアルコール中毒と言うのだろう。そして深夜のなじみのバーで再来週のバーベキューの計画を立てながら、私の人生でもしかしたら一番私のことを深く愛してくれたかもしれない人に、謝罪のメールをいれる。この数日間の懸念を、こんなに明るく残酷に処理してしまう。かつて私が冷酷な宣告を受け取ったときも、眠れぬ夜を過ごしたあの時も、相手は避暑の計画でも立てていたのだろう。そして、私はメールの返答がないことに、不安を感じつつも安堵して、明け方の小雨の公園で、その人にもたれてベンチに足を放り出して、傘を天に掲げる。霧雨はゆらゆらと空を舞う私の傘を縫って火照った頬を優しく包む。むき出しの腕を、足を、霧のベールが覆っていく。このベールは、痛みから私を守る。何の痛み?あの人を、傷つけた痛み?違う。痛みを感じていない自分への絶望の痛み。今背中合わせのこの人が、あの人ではないことを哀しく思う高慢な自分への嘲り。


何をしているの、私。帰りたいのでしょう?早くアパートに帰って、ベッドで眠りましょう。


だけど、そうねあの幸せな瞬間に、私はただ生ぬるく気怠かった。一つの熱い芯はある。でもその他すべてが、ぼんやりと霞んでいて、他人に指摘されて初めて気がつく。自分が今、もしかしたら輝いているかもしれないことに。それでも、幸福のただ中のおこがましさで、私は、それがスタートだと思う。
ここから、始まるのよすべてが。
あの幸福な瞬間に、もう一度戻ったところで私はあの幸せを、享受できないだろう。幸せな瞬間は一瞬で、それを必死に掴もうと思ったら、失うことを畏れたらもう、もう幸せではないのだろう。


だけど、探してるのよ求めてるのよ。帰れるなら帰りたい。
今度はもっと巧くやれる。全身で輝こう。幸せの全てを、すべての細胞で感じるわ。
あれから経験した、全ての出会いやキスや感情を、なげうってもかまわない。
もう一度、あの瞬間に戻して。