魔法

おもいきってその美少年に、どんな女の子が好きなのか尋ねたら、ちょっと困った顔をして、初めて自信なさげに、答えた。
「俺を好きだと思ってくれる人」。


その言葉を聞いて、私は彼を、精一杯、全力で愛していこうと決意する。
限りなく愛おしいと思う。この人を傷つけるものから全て、私は守ろう。


だけど実際にこの人は、何からも傷つけられないだろう。私が守れる程度のものに彼は犯せない。
いつでも傷つくのは、それを守ろうと思った戦車や盾で、王子様はその激しい戦闘のさなかに天蓋付きのベッドでどこかの天使とじゃれあってる。


そのちょっと困った仕草で、その徹底的な無邪気な言葉で、どれだけの女があなたに魂を捧げたの?
残酷なあなたは、その言葉の重みを知らない。
あなたが壊した女の心を痛みを知らない。
果たしてあなたは人間なのかしら。柔らかい髪に隠れた耳たぶを、私は囓ってみるけれど、それは悪戯程度の強さに終わる。血が出ることより、血がでないことの方が怖いの。

だけど、ドラキュラが仕掛けた、騙し騙される世界なんかより、私はこの「純粋な」愛の方を好む。唇が裂けるようなキスの最中に、醒めた鉄が脳を貫く瞬間は嫌。たとえ幻でも、私は「嘘」「偽り」なく、「策略」や「陰謀」や「侮辱」のない世界で愛したいの。


そして、「純粋な世界」の愛も、同じく空しいと気づく。相変わらず身勝手にわがままに、愛をひたすら叫び続けるだけ。
再びドラキュラの世界に、懐かしさを感じたりする。言葉を紡げば、いつかは理解に繋がる可能性のある世界。どれほど混沌としていても。
歩くたびに、ピンポンと警報のなる世界。いちいち理由を尋ねる。弁解をする。うんざりよ。でも、鳴らないよりもマシ?
朝陽や十字架やニンニクで武装して、でもほんとは知ってるの。ドラキュラを殺すのは、その小さな手。その小さな手が、今日ドラキュラの首を絞めたらしいの。


8月にヨーロッパに行く。今日はロンドンのミュージカルのチケットを取った。「ストンプ」。とっても楽しみ。久しぶりの長期旅行。私はすっかり旅行体質ではなくなって、しかも出張というものがなくなってから一年近くたつ。私は立ち止まっているのは苦手。どこかに常に行きたくて、それは多くの恋人を(ごめん見栄はった。数少ないかつての恋人を)、不安にさせてきたらしいが、でもその原動力はあなたたちだったのよ。なんだかじっとしていると、余分なものをどんどんと背負っていってよくないわ。
もう一度、小さなスーツケースひとつに必要なものを詰め込んで、旅をしよう。怖いわ。怖くないわ。