蘇生

Chartreuse2005-06-20

たしかにこの半年の間、私は死んだようなものだった。
私はある冬の夜ドラキュラに殺されたから。


そのドラキュラは、相変わらず深夜3時に私を夜の街に誘いだす。久しぶりに私を見て、私の死を、一目で見抜いてあざ笑う。それが自分の仕業だとも知らずに。いや、確信犯?もう一度血を吸いに来たの?飢えているの?闇の中で、相変わらずドラキュラと私はダンスを踊る。残念ながらこのドラキュラは昼夜兼用で、むしろ朝の光におののく私を目隠しして、パーティーの続行を要求する。


この週末は、死んだ私の最後の週末。
相変わらず睡眠はいらない。
一人残業を終えた午後9時。携帯に知らない人からの着信がはいる。全く覚えていない金曜日の合コンの相手。一杯飲もうという誘いで、冴えない休日出勤の夜だしそんな気晴らしもすてきね。
しかし。しかしだ。ほんっとにごめん!間違えた!あの合コンでは参加当初から既に酔っぱらっていてさっぱり覚えていなかったのだけど、会ったとたん、思う。だめだわこれは。いい人だと思うけど、なにもかもだめ。洋服のセンスがだめ。相槌の打ち方がだめ。立ち位置がだめ。食べ方がだめ。会話の方向がだめ。なにもかも私の好みじゃなくて、これはもうどうしようもない。しかしだ。 26歳なのだし、ここはひとつにこにことヴェトナム料理を食べて(生春巻きのソースがスイートチリソースじゃなかった:-)パパイヤのサラダはうまかった♪)日付が変わった頃に家に帰る。やれやれ。私は何をやっているんだ。非常にぐったりして、シャワーを浴びてベッドに入るけど、疲労と裏腹に眠りは訪れない。本当に、私は何をやってるのかしら。何も心に残らない。不安と不満と焦りと孤独。どうしたらいいの。どうしたらいいの。

灯りを消した午前3時の醒めた部屋。冷蔵庫が低く唸る。だしぬけに、携帯は私を殺した犯人からの着信で騒ぎ出す。思考の猶予を与える前に、電話にでなくちゃ。考えちゃだめよ。

深夜の町。相変わらずのバカ騒ぎ。私は自分の血をすすんで差し出す。既に殺された私は再び死ぬことはない。あなたの腕の中だけなら安堵。


この感情を何と名付けよう?
恋?
愛?
いや、もの足りない。
私は死んだ体にこの人を宿している。



前触れもない衝撃に、息を飲む。こんなにも明け透けな者同士だから、もはや体は開けない。お互いに、醒めた頭で、無理しても体温はあがらない。
この人は、無邪気な私がこの世界で生きていけるかを心配していたけど、大丈夫よ。私を殺せるのはあなただけなの。無邪気だけが武器ならば、強いのよ。それを偽ったり、それが汚れる恐怖におびえたから、私は死んだの。 
だけど。



「かつて私たちは、愛し合った」
そのとても重要な、とても重要な事実に、私は蘇生してしまう。
なんて、わかりにくい愛だったの。全く気がつかなかったの。もしもあのとき、私がそれを知ってたら?
なにか変わった?愛し合えた?
いや、同じかしら。
あなたにルールがあるように、私にもルールがあるのよ。
だけど、愛はルールを超えられないの?
愛を超えて、既にあなたは私の一部なのに?

昼前の白い坂をひとり下る。
一人つぶやく。
白けてないわ。生き返ったのよ


午後からは友人の結婚式だった。二次会に顔をだす。小さなレストランに向かう道は、生ぬるい水をかき分けるよう。数十分の睡眠の後の体には鈍痛が残って、それがやけに鮮やかな感覚として記憶される。新郎新婦の幸せそうな顔。祝福を受ける二人。
愛し合ったから?
愛し合った二人の到達点?
おめでとうと心からの祝福を述べて、レストランを後にする。
おそらくこの夏最後となる合コンまで、すこし時間があった。
セガフレードに入り、ブラッドオレンジジュースを飲む。マッコイ・タイナーを聴く。マッコイ・タイナーは、幸せでも不幸せでもないときに聴きたいピアニスト。充実した雨粒が体に打ち付けるように心地よい。鞄の中にいつからか入れっぱなしのバースデイカードが入っていた。ペンを取り出して、「 Happy Birthday」と綴る。そして、それが誰宛のカードだったか思い出せないことに気がつく。
まあ、いいか。毎日人は生まれて死ぬんだし。たった一回の誕生日くらい。
これは私宛。
生き返った私の。ドラキュラの花嫁としての。永遠に逃れられない宿命の。


どうか、幸せという言葉の嫌いなあの人にも、たくさんの幸せが、降り注ぎますように。