ソフィアの死

昨日は姉の誕生日。行きつけのフレンチレストランで二人でお祝いをする。ここでお祝いをするのはもう何度目か。約束のできない男ばかりと付き合ってきた似たもの姉妹の我々は、誕生日当日は姉妹で過ごすことが暗黙の了解。どうせ誕生日当日はすっぽかされて、嫌な思い出しかないのだもの。あーあ。なんてこった。
6歳年上の私の姉は非常に優秀で、出来損ないの妹という立場は非常に居心地が良かった。幼い頃は、友達のような母の甘やかしに見かねて、私の教育係は姉だった。自分にも他人にも恐ろしく厳しい姉。当時は姉が怖くて、顔を見るだけで気分が悪くなることもあった。現在は東京に暮らしながら別々に暮らしている。以前半年ほど、一緒に暮らしたことがあったがだめだった。私の怠惰に姉は我慢できなかったらしい。もちろん、今では仲良しで、ランチを共に食べたり、誕生日を祝い合う。誰よりも、信頼している。姉がいて、心から良かったと思う。
ここで私たちがいつも飲むのはボルドーのニュメロアン。ボディはしっかりしているけど嫌みがなくて素朴て明るいここのフランス料理とよく合う。白レバーのパテ、サーモンとイクラのクレープ、サラダニシソワーズ、子羊のグリエ。本当に美味しい。幸せ。食べながら、ふと、「八月の鯨」と言う映画を思い出す。サマーハウスで夏を過ごす、老姉妹の物語。小学校の頃、初めてこの映画を観たときに私はこのストーリーを分かっていたのだろうか?あの、頑なになっていく心を。姉妹の絆を。それでも、幼い私はこの映画が大好きで(ああ、なんて老けた子供だったのかしら、ちなみにドライビング・ミス・デイジーも大好きで、私はもしかしたら老婆フェチだったのかしれない。あ、今は違うよ!天才美少年好きです)何回も繰り返し観ていた。もう 10年以上観ていない。帰りに借りて帰ろうかな。


ほろ酔いで入ったTSUTAYAで思わず借りたのは、ロマーヌ・ボーランジェの「野生の夜に」。簡単に言うと、エイズに感染したホモの(バイか)ハンサムな男が、ロマーヌ・ボーランジェに出逢い恋をし、エイズだと隠して寝てしまう。ロマーヌは真剣に愛すけど、本来身勝手な男は死の不安を抱えながらも別の男に手を出したりしてしまって、愛の重さ故上手く行かない、という話です。いや、私のごく一方的な簡単な解釈なんで参考になんないかも。これはとても退屈な映画だと思うので人には勧めないけど、私は好き。前半の、恋に落ちるまでのロマーヌ・ボーランジェの演技が最高に良い。ものすごく魅力的だと思う。「ミナ」とか「アパートメント」とか「恋人たちのポートレイト」は私の青春の映画ですねー。


今日は、脱構築について考えた。芸術でも思想でも、脱構築は非常に重要らしい。昼間まで寝てしまったので陽も傾いた頃から丘を下る。本を数冊借りる。そして渋谷に出る。ブックファーストに寄るが、脱構築に適した本はないように思う。ま、そんなにてっとり早く分かるわけもないか。
その後スタバに行く。スタバじゃなくてもよかったのだけど一刻も早く本が読みたくて目の前にスタバがあったから入った。休日の午後のスタバはそれはそれは混んでいる。なんとかカウンターに一席みつけて座る。それにしても居酒屋のように騒がしい。みんな声を張り上げて喋っている。隣の若いカップルはトランプをやっている。どこかの携帯が、どんなボリューム設定かとメーカーに問い合わせたくなるほどの大音量で着信メロディーのハイサイおじさんを流す。隣のスーツの女は某日系航空会社の内定後の手引きみたいなものを読んでいるが、この混んだ店内で自分のサマンサタバサの鞄を隣の椅子の上に置いて平然としている。ロクな社員とらねーなあの会社、と思う。そしてみんな実にいろいろな飲み物を注文するのだ。私は基本的に、スタバではカフェラテかカプチーノ以外飲まない保守的な女で、ここは食事をする場所でもないと思っている。もちろんごく個人的な好みであり、人がどう頼もうが全く自由なのだけど、ショートカフェモカノンファットエキストラショットとか、トールヘーゼルナッツウィズランバチップバニラクリームフラペチーノとか立て続けに叫ばれると、くらくらしてくる。これは、これは本を読む環境じゃないわ、と半分ほど飲んだところで店を出る。しばらく散歩をして家に帰る。


たいしてお腹が空いてなかったので、夕ご飯はサンマを軽く炙って生姜とお醤油を垂らしたものと、湯葉湯葉が好き。湯葉懐石に行きたい。ソニー・ロリンズを聴きながら食べる。
メールをチェックすると、先日帰国していたかつての恋人からメールが来ていた。


こんにちは。今日、ソフィアが死にました。


ソフィア。あの人の飼っていた、白いチンチラペルシャ。左右の目が青と翠のオッドアイで、それはそれは美しい猫だった。彼と私が親しくなったきっかけは彼女だった。2年間の付き合いの後、別れて一番最初に辛いと思ったのは、ソフィアに逢えなくなったこと。最後に、彼女を抱きしめて、さようならと言って、ぼろぼろ泣いた。覚えてる。彼女の体温、匂い、首のかしげ方。あの人と私がソファに並んで座ると必ず彼女が真中にいた。昼過ぎまで起きない私の上に乗っかって、早くごはんをと苛立つ彼女。耳の後ろをなでると、耳を水平にして、目を閉じて、それはそれは気持ちよさそうに、喉をぐるぐる鳴らしたのよ。
人間ならば、別れた後も電話をしたりメールをして逢えるのに。結局、彼女とはあれ以来になってしまった。飼い主の方とは、何回か、無駄に面会を重ねたというのに。


ソフィアの死。
その言葉は私にはぴったりのような気がした。
理解できない、哲学書を部屋に積み上げて。

どうか、安らかに、ソフィア。

野性の夜に〈ワイド〉 [VHS]

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八月の鯨(字幕版) [VHS]

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