ウィルス

Chartreuse2005-07-02

39度の熱で吐き出す息が食道を焦がすほど熱いあの夜。寒さと熱に震える私の髪の毛を指で梳きながらあの人は、冷たい唇を私に重ねた。ウィルスがうつるからと抗う私を無視して、毛布の下に忍び込む。ひんやりとした体が、私の火照った体に触れる。指で弾けばガラガラと音をたてて崩れてしまいそうな私の骨を、壊さないように慎重に硬質の指が這う。これから始まることが信じられない。いつも、繰り返してきたことなのに。私は無抵抗。だけどすべての行為は痛みをもたらす。薄く目を開けると、私の上の白く固い肩を、ウィルスが青白く光りを放ちながら覆っている。まるでオーラみたい。その美しさに陶然としつつも、泣きじゃくる。だめよ。うつっちゃ。彼を苦しめないで。溢れた涙を拭いながらあの人は、苦しい?と私に問う。
なんて人なの。
異様にゆっくりとした、確かめるような振動の度に、私の関節は軋んで痛みで震える。やがて痛みは痛みという枠組みを超えて漠然とした世界に行く。音も匂いもない。ただ光に満ちて明るくて、おそらく高速で移動しているのだろう。向かうのは、あの小さな穴?あの、黒い点のような。どうなるの?あんな小さな穴を、私はくぐることができるのかしら。だけどぐんぐんと引っ張られている。もう少しで、あの向こうの世界へ。


そこまでで記憶は途切れて、二日後、私の熱は下がっている。



昨日は相変わらず飲みすぎて、今朝は久しぶりに起きあがるのが苦痛なほど辛かった。飲み過ぎた体は火照って、異様に体温が高い。
朝4時前のバー。レモンハートデメララを飲み続ける26歳の私にむかって「感じたフリをしたことがある?」と無邪気な男が訊くものだから、「当たり前じゃない」と言うのはなんとなく悪い気がした。いくことに関して私はそこまで重きをおかないものだから、その返答がつれないものとなっても、それは相手の責任じゃないし、だけど私だって円滑にいくようそれなりに努力してるワケだし、そこを巧く語るのは難しい。興味の対象が違う訳だから。相手が興味津々なのはわかるけども。それで微妙になって、その人とはいつか機会があったら寝てみようか、と数年前から軽い約束を交わしつつも、結局いつも機会を失する。たぶん永遠に寝ないだろう、この人とは。やけに愉快になって一人明け方の道を鼻歌交じりに歩く。そんな変な友情だか軽い恋みたいなことがあったから、たぶん、あの熱の夜のことを思い出したのだろう。


私が回復した二日後、私のウィルスはあの人を冒して、彼は高熱に臥せっている。
私はその胸に、顔を埋めて息を吸い込む。
熱のある人の匂い。
その唇に口づけて、再び、ウィルスが私を蝕むことを願う。
永遠に、私たちの間を行き来するウィルス。
そんな幻想にうっとりとするけど私には免疫ができていて二度と、同じウィルスは私を冒せない。
それならば、あの人にも免疫ができてしまって、もう心にも体にも、侵入される心配はないかしら。
わからない。あの人は、日々変化する。
ワクチンをちょうだい。二度と、冒されないように。