てんとう虫の行方

秋の雨降りの午後、耳の痛くなるような静けさの部屋で、こっそりと、クロークにかかっていたあの人のアルマーニのスーツの二番目のボタンと、私の鞄についていたてんとう虫のボタンとを付け替えた。
それから10日後に、あの人とは別れたからあのてんとう虫を彼がどうしたかはしらない。私の黄色のポップな鞄のチューリップの上には、未だに真っ黒のアルマーニのボタンがいる。そこだけ、染みのように深く黒い。その鞄を持って歩くといつでも、私は処女を失った次の日の気分になれる。どこか上の空で、街をほっつき歩いた。新しい靴を買った。それは入学式のような真っ黒のなんの変哲もないパンプスで、そんな地味な真っ黒の靴なんて、今も昔も変わらず、私の人生で一番出番がないのよ。


その美少年は私を、ジャンキーな食べ物の世界へ導く。ココイチ、くくる、いんでぃら、じゃじゃおいけん。26歳にして初めて足を踏み入れる世界。22歳の私が知ったら驚くだろう。「おばさん、どうしてそんな店にいるの?」。ガキにはわかるまい。君はそのとき、今の私よりもずっと裕福で、リストランテだのオープンテラスのカフェだの場違いなバーで背伸びしていた。楽しくてしょうがなかったのよね。そういうのが。いや、わかってるのよ、いつでも。どんな場所であれ、その人と一緒に行く世界が一番素敵だということ。
一人に戻った私に行けるのはせいぜいサブウェイ止まりで、ハニーオーツのターキーブレストピクルス多めのバジルマヨネーズのマヨネーズ抜きのホットペッパー入りなんかを注文している。
どうしてこんなに黄色い店内なのだろう。

一人でいると、不思議が実に多くて、世界がばらばらになっていく。そのばらばらに耐えかねると、たぶん私はてんとう虫をスーツに放つ。


あのてんとう虫を、あの人はどうしたのだろう。


取り戻しに行こうか。
私のてんとう虫、返して。
チューリップには、やっぱり必要だったの。気づいたの。


たぶん、返してくれないだろうあの人は。
にっこり笑って、私を抱きしめて、てんとう虫は曖昧になる。
捨てたのか、閉じこめたのか、解き放ったのか。
たぶんそれは永久に、あの人の心の中だけに秘められたこと。