最後の晩餐は長崎ちゃんぽんで

Chartreuse2005-05-17


その美少年は、空港までの車の中で、南米に行くと言い出した。「百年の孤独」を読んで行きたくなったらしい。一緒に行こうよという言葉に思わず私はこの夏のヨーロッパ旅行の計画を白紙に戻して、南米旅行に変えようかと思ってしまう。だけど、だめよ。航空券はもう、とったもの。
その後長崎に行きたいという話になって、危うく山陰の小さな空港から長崎への直行便があれば私たちは長崎に行ってしまうところだった。
羽田からのモノレールから見える空は、痛いほど青く、そびえるビルは驚異的なほど固く見える。それなのに、美しい人がやってきて、優しく息を吹きかけたら、いとも簡単に、全てが小さな砂の粒子に還ってどこかの砂漠の一部になってしまいそう。

渋谷に帰ってきてせめてもの慰みに、二人で長崎ちゃんぽんの店に入る。美輪明宏が良く通う、隠れた渋谷の長崎。長崎で食べるちゃんぽんよりも美味しいと私は思う。渋谷とは思えぬうらぶれた店内で、白々とした蛍光灯の下、ちゃんぽんと皿うどんをそれぞれ頼んで、つつき合う。

体の中で時計が、ちくたく、ちくたく。

このもどかしさは知っている。あれはかつての恋人との、最後の旅行。どこかの盆地の駅前の苔みたいなハンバーガーショップで、向かいあって、話すことも特になくて、私は幸せで不幸せ。
いつだって、旅の終わりは変なものを食べてしまう。あのときだって、全国一律で同じ味を提供することがウリのハンバーガーショップで、だけど私は彼と一緒なら、味も分からないそのハンバーガーを何の不満もなく食べた。

今日はなぜか渋谷で長崎ちゃんぽん。
ここのちゃんぽんが美味しいのは、海鮮にこだわってるからなのよ。アオリイカとカキを使うの。長崎で観光客向けの所ではこんなに真面目には作らないの。ね?風味がいいでしょう?
私は仕事で得た、どうでもいい知識を披露する。
特に興味もなさそうに、いつもの微笑で、彼は私とちゃんぽんを交互に見つめる。


「どこから来たの?」という女将さんの言葉に、西の方にある神様の集まる国からと答えると、女将さんはたぶん少し日本人離れした色白の彼を日本人と思わなかったのだろう。「ウェルカム・ジャパン」と彼の肩を叩く。

変な、変な組み合わせ。
なにもかも。
世界がばらばら。


「キルトに綴る愛」という映画を思い出した。最後にウィノナ・ライダーはみんなが心を込めて作りあげたキルトを体に巻いて愛を見つけるけど、私には、キルトを作ってくれる人なんていないよウィノナ。自分で、必死に縫ってみたところで、不器用な私。裁縫は苦手なの。キルトにはならないわ。ボタンの取れそうなブラウスは、今度帝国ホテルに泊まったときに、ランドリーに出して直してもらおうと思ってるほどなの。

とろりとしたあんかけのちゃんぽんは、いつまでたっても熱いから、鼻水がでる。


1週間ぶりの私の城は、相変わらずの安普請。増え続ける本が、本棚から溢れている。私の脳から溢れた知識のかけらみたいね。

ふと、変な壊れ物に気が付いた。ドライヤーのスイッチがとれている。
変なの。一週間前は、ちゃんとついてたのに。
本当に、私には、理解できない、破綻が世の中にはいっぱいで、だれか、教えて欲しいよ。
この世界を解く鍵を。
ヒントをちょうだい。
愛じゃなくてもいいから。
キルトに何か綴って。